アレッテナンダッケ?

思い出せないアレや知っておくと自慢の小ネタ集

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鳴かぬなら~のホトトギスのアレは有名武将の性格を端的に言い表した江戸末期の俳句。

2018年03月12日
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織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人の性格を
端的に現した句として広く知れ渡っている
「鳴かぬなら~ホトトギス」の句。

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実際は三人がそれぞれ自分で詠んだ句ではなく、
後世の人が「この人ならこんな性格だろう」と
表現して見せた句として有名。

「鳴かぬなら~ホトトギス」の作者については
「読み人知らず」と記載されてわかっていないけれど
松浦静山が『甲子夜話(かっしやわ)』に記載したとして有名。

原文抜粋 ↓

夜話のとき或人の云けるは、人の仮托に出る者ならんが、
其人の情実に能く恊へりとなん。
郭公を贈り参せし人あり。されども鳴かざりければ、

なかぬなら殺してしまへ時鳥    織田右府(織田信長)
鳴かずともなかして見せふ杜鵑   豊太閤(豊臣秀吉)
なかぬなら鳴まで待よ郭公     大權現様(徳川家康)

松浦氏は嵯峨源氏の流れをくむ家の一つで、豊臣秀吉に従った大名。
静山はその松浦家で、宝暦十年(1760年)に生まれ16歳で家督を継ぐ。
46歳で隠居、81歳までの隠居生活で「甲子夜話」は278巻を執筆。。。
凄すぎます。

織田信長の短気、豊臣秀吉の自信、徳川家康の忍耐
三者三様の性格を現しているとされるが
徳川家康のみ「様」付けなのは、やはり畏れ多い方だったのでしょうか?

性格だけでなく、政(まつりごと)ではどうでしょう?

織田信長は自らの家臣を多く切り捨てている。
と、言っても「切り捨て」というのは槍刀で斬り殺すという事ではなく
現代も用いる言葉としての「切り捨て」。

つまり、解雇・クビ。

与えられた地位に見合った成果を上げられない者には
過去の実績さえ無きに等しいと信長は考えていた様子で
それが「鳴かないホトトギス」=「成果を挙げない家臣」
=「働かない無用者」はクビにするということなのでしょう。

豊臣秀吉は「人たらし」と評される様に調略をよく用いる様で
離反交渉を手懸けたり離反の疑いを掛けさせたりと、
敵方の将をも戦略の中に組み込む事に長けていたとのこと。

それが「鳴かないホトトギス」=「味方として働かない敵将」は、
味方に役立つよう働かせてやろうということか。

徳川家康は、敗残の将として今川方に仕え育ち、
信長の盟友といいつつも弟分として尽力し、
跳ね上がりの秀吉にも随所で刃を向けながらも一応頭を下げた。

自分への機運が巡ってくるまでジッと待ち、地盤固めに勤しみ、
機を見て立ち上がった。
「鳴かないホトトギス」=「自分側に流れない機運」は、
自分側に流れるまで待ってやろう。

言い換えれば

働かない役人は クビにしろ。
働かない役人は 働かせてやろう。
働かない役人は 自ら働きだすまで待ってやろう。

権現様(徳川家康)は人を上手に使える人だったのか??

夜話には続きが有り、これも面白い。

原文抜粋 ↓

このあとに二首を添ふ。
これ憚る所あるが上へ、固より仮托のことなれば、作家を記せず。

なかぬなら 鳥屋へやれよ ほとゝぎす
なかぬなら 貰て置けよ ほとゝぎす

鳴かないのであれば、売って金にしてしまえ。
鳴かなくても良いから、貰えるものは貰っておけ?

こんな俗っぽくて欲深い役人がいたのだろうか。

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス
鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス
いや待てよ 鳥屋に売ろう ホトトギス

最後に、明智光秀にもホトトギスの句があるのをご存じでしょうか? 

鳴かぬなら 放してしまえ ホトトギス
鳴かぬなら わたしが鳴こう ホトトギス

上の句は性格を表現、下の句は、本能寺の変を現した句として
暴走する主君を止められないのなら私が止めてみせる、と・・・?

その口の中が鮮やかな赤い色をしている事から
「血を吐きつつ鳴く」とされるホトトギス。

そのホトトギスが何故性格を表す句に使われているかは謎のまま・・・。

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